Alpine (by Guillaume Tassart)
Lola T70 Replica (by GrooveyCars)
(photofinishから)
Miata Super 20 (by Autoplates)
(出典: lifeat1point4、photofinishから)
RX4
Mark Arcenal’s RWB Porsche 911 (by Nike SB’d)
(出典: southwade、photofinishから)
(出典: undakovr)
宮崎監督は「ぼくには、鉛筆と紙があればいい」というスタンスであり、インタビュアーが手にするiPadについてこんな指摘をしています。
あなたが手にしている、そのゲーム機のようなものと、妙な手つきでさすっている仕草は気色わるいだけで、ぼくには何の感心も感動もありません。嫌悪感ならあります。その内に電車の中でその妙な手つきで自慰行為のようにさすっている人間が増えるんでしょうね。電車の中がマンガを読む人間だらけだった時も、ケイタイだかけになった時も、ウンザリして来ました。
資料探しの道具として使いこなせば良いのでは?という質問の流れで、時間をいただけるなら、文献を調べて取り寄せることもiPadで出来ますというインタビュアーの言葉に対して、
あなたの人権を無視するようですが、あなたには調べられません。なぜなら、安宅型軍船の雰囲気や、そこで汗まみれに櫓を押し続ける男達への感心も共感もあなたは無縁だからです。世界に対して、自分で出かけていって想像力を注ぎ込むことをしないで、上前だけをはねる道具としてiナントカを握りしめ、さすっているだけだからです。
一刻も早くiナントカを手に入れて、全能感を手に入れたがっている人は、おそらく沢山いるでしょう。あのね、六〇年代にラジカセ(でっかいものです)にとびついて、何処へ行くにも誇らしげにぶらさげている人達がいました。今は年金受給者になっているでしょうが、その人達とあなたは同じです。新製品にとびついて、手に入れると得意になるただの消費者にすぎません。
あなたは消費者になってはいけない。生産する者になりなさい。
—http://blogs.itmedia.co.jp/yasusasaki/2010/07/ipad-ab70.html (via kogo) (via snk1) (via tohya) (via kojiroby) (via otsune) (via taraxalive) (via akiba)
2010-07-12
(via twominutewarning) (via kojiroby)
褒めるための語彙が豊富な人は、みんなに「新しい評価軸」を提供してくれるからすてきなのだ。
褒められる人自身は何も変わっていないのに、思いがけない褒め言葉によって、自分の中に新しい評価軸が生まれる。しかも、その評価軸の中で”私”は既に上
位にランクしているのだ。気持良くないわけがない。
—
Twitter / F太 (via raitu)
お前のきらめく言葉が俺を別天地へと連れてった
―― “昇天“ by ends
(via kikuzu)
2011-03-05
(via gkojay)
(kojirobyから)
(出典: fuckyeahsexycars、photofinishから)
(出典: whereisthecoool、photofinishから)
私から言わせれば、②数学はできるけど国語ができない、なんて人は大嘘です。
その人は、定理や数式を暗記しているだけで、真に思考していません。
数学ができる人は国語もできるのです!
なぜなら聞かれていることは一緒だから。聞く方法が違うだけだから。
— 現代文受験問題必勝法 〜現代文の解き方・現代文の勉強法〜 | サンキュータツオ教授の優雅な生活 (via otsune)
2009-05-23
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以前,従来は天才による独創的な戦術ばかりで彩られていたとされてきた源義経の合戦が,実はそうではなく,きわめて常識的・現実的な情勢判断と戦術によって遂行されていたという話をしたことがあるが,ほかに日本史において軍事的天才による奇跡的な奇襲による大勝利とされている合戦には,織田信長が今川義元を討ち取った桶狭間の合戦も挙げられるであろう.
この桶狭間神話は,近代日本にも大きな影響を与えたそうである.
太平洋戦争中は,劣勢な織田軍が装備・人数ともに圧倒的に優勢な今川軍を天才的な策略によって撃破した鬼神のごとき勝利として学校教育でもたびたび取り上げられ,国民の戦意高揚の道具にされた.
それだけではなく,日本軍の軍事教材としても用いられ,迂回して奇襲という織田軍の戦術は,実際にアメリカ軍との戦いでたびたび採用されたそうである.
しかし,藤本正行『信長の戦争―『信長公記』に見る戦国軍事学―』(講談社学術文庫,2003年,初出1993年)によれば,こうした桶狭間合戦像は,実はまったく江戸時代の創作だったのである.
藤本氏は,織田信長の家臣太田牛一が著した記録であり,現代においても織田信長研究の第1級史料とされている『信長公記』を丹念に読み込みながら,実際の桶狭間合戦を復元している.
まず,今川義元の尾張侵攻の目的からして,京都に上洛して天下を統一するためという定説的理解は根本的に間違っている.
当時の政治情勢からして,義元が上洛を成功させるためには,織田・斉藤・六角という戦国大名勢力を連続して撃破しなければならず,無謀きわまりない行為である.
しかも当時は,室町幕府第13代将軍足利義輝が健在で,幕府の権威が復活し,京都の政界も安定していた時期であり,義元がわざわざ軍勢を率いて上洛する大義名分もなかった.
この時期に,義元が大きなリスクを冒して上洛をはかる理由は何一つなかったのである.
桶狭間合戦の本当の原因は,三河国境に近い尾張の織田方の城であった鳴海・大高・沓懸の3城が今川方に寝返ったため,義元がこれを完全に確保することを目的として出兵したものである.
つまり,当時よくあった戦国大名同士のありふれた領土紛争だったのである.
義元が桶狭間という谷に布陣したというのも嘘で,実際は桶狭間山という山に陣取っていた.
そこから,低地にいた織田軍の動きは丸見えであり,織田軍が迂回して背後から今川軍を急襲したというのも江戸時代の創作である.
実際は,山上にいる今川軍に向かって真っ直ぐ突撃したのである.
信長の戦略目的も,義元を討ち取ることではなかった.
鳴海・大高・沓懸の3城を織田方に取り返すことが信長の最大の戦略目標であり,そのために織田方の砦を攻撃して疲弊した今川軍を叩くつもりであった.
しかし信長は,目の前にいた新手の今川軍を疲弊した兵と勘違いし,これを攻撃したのである.
そのとき,突然豪雨が降って追い風となり,織田軍の姿が一瞬消えた強運もあり,今川軍もまさか目前に信長が出現したとは夢にも思わず,想定外の出来事に対応が遅れたこともあって,義元戦死という,信長ですら夢にも思わなかった大戦果が得られたのである.
桶狭間の合戦とは,信長の状況判断のミスがたまたまプラス方向に働いた,要するに偶然・まぐれの賜物だったのである.
百歩譲って結果的に強襲・奇襲の形になったとは言えるだろうが,こんな勝利は見習ったり手本とするべきではないことは言うまでもないであろう.
戦前の日本軍は,江戸時代の創作に過ぎない桶狭間神話を真に受けて,実際に無謀な作戦を繰り返し,いたずらに被害を増やした形跡がある.
こういう,反省するべき部分はきちんと反省するべきである.
この本には,ほかにも墨俣一夜城,姉川の戦い,長篠の合戦,鉄甲船などについても綿密に検証を加えている.
お勧めの一冊である.
— The Age of Civil Wars in Japan (via petapeta) (via yaruo) (via kemuridama) (via sandman-kk) (via shrineroof) (via andi-b) (via toshiharu) (via mcsgsym)2008-10-30
(via gkojay) (via plus16hours) (via kojiroby)(by Thomas van Rooij)